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東京地方裁判所 平成3年(ワ)13838号 判決

原告 株式会社太平洋銀行(旧商号 株式会社第一相互銀行)

右代表者代表取締役 井上貞男

右訴訟代理人弁護士 渡邊洋一郎

同 瀬戸英雄

同 篠連

被告 飯田興業株式会社

右代表者代表取締役 飯田勇

被告 飯田勇

被告 岩崎貞治

右訴訟代理人弁護士 菊地裕太郎

同 高岡信男

主文

一、被告飯田興業株式会社及び被告飯田勇は各自原告に対し、金一億五七七七万八八三八円及び内金一億一九六六万二一五七円に対する昭和六二年一〇月一六日から、内金三八一一万六六八一円に対する昭和六三年四月九日から各支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二、被告岩崎貞治は原告に対し、被告飯田興業株式会社と連帯して金二億四三〇〇万円を支払え。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

一、原告の請求

主文同旨

二、事案の概要

1. 本件は、原告が被告飯田興業株式会社(以下「被告会社」という)に対して貸金返還を、被告飯田勇(以下「被告飯田」という)及び被告岩崎貞治(以下「被告岩崎」という)に対してそれぞれ保証債務の履行を求める事案である。

2. 貸金及び連帯保証契約締結の経緯

(一)  原告(平成元年一〇月一日旧商号株式会社第一相互銀行から現商号に変更)は、昭和五六年二月二七日被告会社との間で相互銀行取引約定書(以下「本件銀行取引約定書」という)を取り交わし、以来右約定に基づき同被告に対して事業資金の融資貸付を行っていた。昭和六〇年に至り、原告は被告会社が静岡県熱海市(網代)に老人ホームの建設事業を計画したことから、右事業資金を新たに融資することとなった。

右融資の一環として、原告は被告会社に対し、(1)昭和六二年九月三〇日手形貸付の方法により、弁済期・昭和六二年一〇月一五日、利息・年九・二五パーセント及び、遅延損害金・年一四パーセントの約束で五億円を、次いで、(2)昭和六三年四月八日、弁済期・同日、遅延損害金・年一四パーセントの約束で、①二三八八万六八四七円、②一二五四万二八四九円及び③一六八万六九八五円の三口合計三八一一万六六八一円を貸し付けた(以下合わせて「本件貸金」ということがある)。

(甲第一号証の一、二、第二ないし第五号証、第七号証及び、乙第二号証)

(二)  被告飯田の連帯保証

被告会社の代表者である被告飯田は、昭和五六年二月二七日原告に対し、本件銀行取引約定書において被告会社が右取引に基づき将来負担する一切の債務を連帯保証した。

(甲第七号証)

(三)  被告岩崎の連帯保証

(1)  被告岩崎は、被告飯田から昭和六〇年春ころ被告会社の老人ホーム事業の計画を打ち明けられ、原告から融資を受けるにつき連帯保証の依頼を受け(被告飯田は昭和六〇年三月ころから被告岩崎が代表者を勤める株式会社大岩商事の管理ビルにテナントとして入居していた)、そのころ原告に対し、昭和六二年四月末日までの間の被告会社の原告に対する借入金債務につき二億二〇〇〇万円の限度で連帯保証した(以下「本件第一次保証契約」という)。

(乙第四、第五号証、被告岩崎本人尋問の結果)

(2)  昭和六二年になり、被告岩崎は同飯田から本件第一次保証契約更新の依頼を受け、同被告が持参した極度付保証約定書(以下「本件保証約定書」という)に同年四月二〇日付けで保証極度額二億五〇〇〇万円として右更新に応じたが(以下「本件保証契約」という)、これには同被告により保証期間として「昭和62年5月末日まで」と記載されていた。

(甲第六号証、被告本人尋問の結果)

(3)  原告は、平成三年五月一日被告岩崎を原告の川崎支店(以下「川崎支店」という)に呼び、同支店長松村友久(以下「松村」という)及び同次長正木光男(以下「正木」という)の両名において同被告に対し、本件保証約定書記載の保証期間「昭和62年」とある部分を「昭和64年」と訂正するよう求め、同被告はこれに応じて右「62」の下に「64」と記載した(以下「本件訂正」という)が、右に伴う加削の注記及び訂正印の押捺はしていない。

(争いのない事実)

3. 当事者の主張

(一)  原告

(1)  被告会社は前記(一)の貸付金残金及びこれに対する弁済期後の遅延損害金を支払うべき義務があり、被告飯田は前記(二)の、被告岩崎は前記(三)(2)の各連帯保証契約に基づき右同額の保証債務を履行すべき義務がある。

(2)  被告岩崎は本件保証契約の効力を争うが、松村及び正木の要請に応じて任意に本件訂正をしたものであるところ、右は当初記載の誤記「62」を「64」と訂正したものにすぎず、当初から本件保証契約の保証期間は昭和六四年五月末日までとして成立していた。仮にそうでないとしても、同被告は本件訂正により右保証契約の保証期間を右期日まで延長することを追認したものである。

したがって、被告岩崎はいずれにしても本件保証契約に基づき保証責任を果たすべき義務があることに変りはない。

(二)  被告会社及び同飯田

原告は、老人ホームの建設、運営資金として被告会社に融資をする際、総額三〇億円くらいまでは融資を続行する約束をしていたにもかかわらず途中で一方的に融資を打ち切った。そのため、被告会社は右老人ホームの事業の頓挫により多大の損害を被った。

そこで、被告会社は原告の右融資契約不履行による損害賠償金をもって前記借受金と対当額で相殺する。

(三)  被告岩崎

(1)  被告岩崎は、昭和六二年二月ころ被告飯田から本件第一次保証契約の保証額の増額と期間更新を求められ、一か月の延長に限り二億五〇〇〇万円の限度で更新を承諾する意思の下に「昭和62年5月末日まで」と記載したのであり、右「62」は誤記ではない。

被告岩崎は本件訂正をしたが、それは松村及び正木から右保証期間延長による同被告の保証債務の存否について何らの説明を受けることなく、テーブルを叩かれ、ボールペンを突き出されるなどして強迫されたため、恐怖心からやむなくしたことである。したがって、同被告には右訂正に当たりこれに対応する保証期間変更合意の意思はなく、そのことを明らかにするため、実印を持参していたのに訂正印の押捺を拒否して逃げ帰ったのである。

(2)  本件訂正に至った経緯は右のとおりであり、被告岩崎には保証期間変更の意思はなく、また、かかる重要事項の変更において銀行実務では必ず行われる訂正印の押捺がないのであるから、右変更に係る部分については保証契約は成立していないか、又は、成立していても無効というべきである。

(3)  更に、松村及び正木は本件訂正の際、被告岩崎に保証債務が存在しないことを承知していながらこれを秘匿し、右訂正を強制したのであるから、被告の右訂正は錯誤により無効である。

(4)  仮に、そうでないとしても、本件訂正は詐欺、強迫によるものであるから、被告岩崎は本訴において右訂正による本件保証契約の期間延長部分を取り消す。

三、争点

被告会社及び同飯田は、弁論の全趣旨に照らし本訴請求を特に争うものとは解されない。

そこで、本訴請求の中心は被告岩崎に対する保証責任に絞られる。本件保証約定書の当初の保証期間の記載が誤記であるのかどうかの問題はあるが、同被告はその後右保証期間を昭和六四年(平成元年)五月末日までとする本件訂正を行っているのであるから、右訂正が同被告の瑕疵のない任意の意思表示に基づくものであれば、結局、同被告は右訂正により変更された期間内に生じた被告会社の原告に対する本件借入金債務について保証責任を負うのは明らかとなる。したがって、中心となる争点は被告岩崎がした本件訂正に意思表示の瑕疵があったか否かに尽きる。

四、争点に対する判断

1. 被告岩崎の意思表示の瑕疵の存否について

(一)  被告岩崎は、本件訂正は松村及び正木の詐欺、強迫によるものであると主張し、乙第四号証(同被告の上申書)には同人らからまるで暴力団のするような脅迫的言動を受けたかの記載がある。ところが、同被告は本人尋問においては、単に漠然と怖かったと述べるのみで、いうところの脅迫的言動については何ら具体的供述をしないのであり、これに同被告がかねて川崎支店と銀行取引があり、松村及び正木とは何度か面談しており、親しいとはいえないまでも少なくとも顔見知りの間柄であったこと(被告岩崎の供述)を合わせ考察すると、同被告が支店長、次長である松村らを畏怖し、同人らから脅迫的言辞を用いて本件訂正を強迫されたなどの主張は到底信用できるものではなく、かえって、右各証拠を綜合するとそのような事実はなかったものと推認するのが相当というべきである。

また、松村らは被告岩崎に本件訂正を求めた際、保証債務の存否について触れていないことは前記認定のとおりであるが、これをもって信義に反する欺罔行為であるなどとはいえない。すなわち、松村らは既に二億五〇〇〇万円を限度とすることが確定している保証契約につき保証期間の訂正を求めたのであり、右範囲で保証責任を負うことになるのは明らかであり、改めて右時点で具体的な保証債務額を告げなかったからといってこれが特段信義に反し、同被告を欺罔したことになるものとは解されない。のみならず、前記認定に乙第二ないし第四号証、同被告の供述によれば、同被告は本件訂正以前に被告会社の老人ホーム事業が行き詰まり、融資金の返済が苦しくなっていることを被告飯田から聞かされていたこと、本件訂正を行うことにより同被告の負担する保証債務額が膨れ上がることを認識し、これを恐れたこと、にもかかわらず松村らの要請に応じて右訂正を行ったことが認められる。すると、同被告は松村らから右訂正に当たり具体的な保証債務額を告げられてはいなかったが、右訂正の意味ないし結果はこれを認識し、二億五〇〇〇万円の範囲内で保証責任を問われることのあることを承知して右訂正を行ったものと推認されて何ら不自然なものではない。したがって、松村らの詐欺により錯誤に陥って右訂正に応じたなどという弁解は合理性がなく、採用に値いしないというべきである。

(二)  本件訂正該当箇所(「62」と「64」)には訂正印が押捺されていないことは前記認定のとおりであるが、押捺は右訂正の有効なことを推認する有力な根拠とはなり得ても、効力要件でないことはいうまでもなく、本件訂正が前記認定のとおり被告岩崎の任意の意思に基づきされたものである以上、訂正印を欠いたからといって右訂正の効力に何ら影響のないことは明らかである。なお、同被告は真に訂正する意思がなかったために訂正印を押さなかった旨供述するが、仮にそうだとしても単なる心裡留保にとどまり、右訂正の効力を左右するものではない。

また、甲第九号証の一ないし三及び同被告の本人尋問の結果によれば、同被告は本件訂正後川崎支店から本件貸金の返済について再三交渉を求められたにもかかわらず、右交渉を回避し続けていたこと、しかし他方で、被告会社の前記借入金債務につき保証人として原告に対し平成三年七月二日に七五万円、同月三一日に七五万円、同年八月二七日に四七五万円及び七五万円の合計七〇〇万円を支払っていることが認められるのであり、これらの行動は本件訂正により同被告に保証責任のあることを承知しているからこそとられたものであるということができる。

なお、被告岩崎は、右弁済は保証債務の履行としてではなく、被告飯田から懇請されて同人の債務を保証人名義で弁済したものに過ぎないと供述し、乙第二号証(被告飯田の報告書)を提出するが、右乙号証は反対尋問を経ていない上、被告岩崎自身他方で右弁済による保証債務責任の減少を意図していたかのような供述もしており、前記認定を覆すには足りない。

(三)  右のとおりであり、弁論の全趣旨から窺われる気弱な被告岩崎の性格を考慮してもなお、本件訂正は同被告が松村及び正木から訂正の要請を受け、自らの自由な意思と判断に基づき行ったものであるというべきであり、同被告の前記弁解はいずれも理由がなく、失当である。

2. 被告会社及び同飯田の主張について

右被告両名の相殺の主張はこれを認めるに足りる証拠がない。

五、まとめ

よって、原告の本訴請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤村啓 裁判官 吉川愼一 小池明善)

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